第一次世界大戦との関係

指とおっぱいと笑顔をつくるエピテみやび、みやびです。

お正月はゆっくり過ごせましたか?

みやびは充実したお休みをいただきました。

 

 

 

さて、今回はエピテーゼの歴史についてお話します。

お会いする方々から、技術が進歩してこういう技術が生まれたんだね~とお声をいただきますが、そんなことはありません。

結構歴史は古いんです。どのくらい昔からあるかというと・・・・

 

メソポタミア時代

古い歴史があり、紀元前から四肢を失った人のために作られていたと言われています。

古代エジプトには、既に木製の義肢が存在していました。現在発見されている世界最古の義肢は、紀元前950〜710年に生存していた女性の足の義指と言われています。

by ウィキペディアより

 

↑こちらが、その木でできた義指です。

 

第一次世界大戦

ぐっとエピテーゼや義手義足が必要となったのが、第一次世界大戦がきっかでです。

その原因は19世紀以降に無煙火薬の発明による銃弾の高速化、地雷の普及によって手足を失う傷痍軍人が急増したからだと言われています。

医療の技術(手術や麻酔)もこのあたりから急速に進歩したと言われてますよね。

こういった歴史があって、今私たちが助かっている部分もあるんです。

 

彫刻家が発祥

では、その負傷した軍人さんたちの外見ケアを誰がしてきたかというと、なんと『彫刻家』なんですね。

1916年イギリスの「3rd London General Hospital」で彫刻家 Francis Derwent Wood ( 1871 – 1926 ) が亜鉛メッキされた銅製の顔面エピテーゼを製作したことが知られています。

また時を同じくしてアメリカ人女性彫刻家 Anna Coleman Ladd (1878 – 1939 )は、アメリカ赤十字支援のもと、1918年パリに「Studio for Portrait – Masks」を設立。

同じく彫刻家である Jane Poupelet と Robert Wlérick も Anna と共に製作にあたりました、とあります。by ウィキペディアさんより。

 

この女性彫刻家のアンナさんの記事はこちらから見られるので、ご覧ください。

 

まとめ

数百年も昔から今のエピテーゼに匹敵する外見ケアは存在していました。

そんな昔から存在していたのに、社会一般ではほとんど知られていないエピテーゼ。

お医者様も医療関係者さんも、知っている方は一握りです。

そろそろ、社会一般にも知られても良い頃でしょう!自分は五体満足だから関係ない、じゃなく、広い知識として

エピテーゼという外見ケアをするものがあるってことを認識してほしいです。

例えば、カツラは髪の毛が薄い人だけじゃなく、一般の人たちが知っているように。

 

エピテーゼについてのご相談はエピテみやびまでお問合せください。

電話050-5866-9795

全て女性がご対応します

サロンは群馬県甘楽町本店、東京日暮里支店の二つがあります。

 

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